この時期、太平洋側は雲一つない快晴が続く。夏とは違い、澄んだ空気の向こうに鮮明な富士が映える季節だ。そうなると、車窓に広がる雄大な富士を拝みに、その裾野を走る鉄路へ向かいたくなる。
行き先に選んだのは、これまであまり縁がなかった御殿場線。しかし、この路線を旅するなら、もう一つの楽しみを忘れるわけにはいかない。ここはかつて、日本の東西を繋ぐ『大幹線』・東海道本線の一部だった場所だ。今も沿線に息づく、往時の威容を伝える橋梁やトンネル。それら鉄道土木の遺産を辿りながら、早春の鉄路をゆくことにした。
松田駅から乗車し、沼津方面へ向かい、谷峨駅で下車した。

ホーム上には鉄道唱歌の13番の歌詞が彫られた石碑があった。
鉄道唱歌の歌詞に御殿場線の駅名(小山駅は現在の駿河小山駅)が入っているのも、御殿場線が旧東海道本線だった証拠のひとつである。

谷峨駅から隣の山北駅方向へ向かって歩き、御殿場線が撮れる場所を探していった。
30分程?歩いていくと酒匂川橋梁にたどり着いた。逆光ではあるが、山越え区間であることがわかるような景色だったので1枚撮影した。

御殿場線の橋げたはレンガでできており、開業当時から使われている。そんな歴史のある橋げたを近くで撮影したかったのでこの辺で撮影地を探したが、橋げたに近づく道が見つからず、断念した。
踏切近くまで移動し、川を渡るシーンを撮影した。川の水がきれいだったこともあり、いい感じの写真を撮ることができた。
折角なので新宿から直通してくる特急ふじさんも撮影しようとしたが、この日は小田急線内で人身事故が発生してしまったので運休となった。

この後、山北駅前にある山北町鉄道資料館を見る予定だったため、徒歩で山北駅まで向かった。
しばらく歩いていくと、線守稲荷神社があった。名前の通り、線路が守られることを祈る神社であり、鉄道開通時に住処を奪われた狐を祀っている。

なお、この神社はJR東海の敷地内なので関係者以外は入ることができない。
もう少し歩いていくと、御殿場線の橋げたがあった。
開業当初から使われている橋げただけでなく、複線だった頃の跡が残っている。
ここが昔、幹線だったことが分かる。
昔の遺構と今を走る列車を、1枚の写真に収めてみた。

あと15分歩けば山北駅に着く位のところまでたどり着くと、御殿場線が大きくカーブしているシーンを見ることができた。
これから過酷な山越えをしていく。現役の電車はあっけなく走り去っていくが、昔はこの辺りの勾配にかなり苦労したのかなと思った。

撮影後は近くのカフェで食事をした。
少し長くなったので、後半の撮影記は別の記事でまとめたいと思う。

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